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私の「想い」が人生を心地よく変えてゆく・・・心のままに、いろいろと^^

「安息の地はない!」危機感を感じた小学校時代

 

・・・今回は、小学校時代の話

(以下、いじめ体験の話があります。迷った方は読まない方が良いかと思います)

 

 

小学生時代の私は、ぼーっとしてとにかく物覚えが悪かった。

(今思うとそれはADHDの特性だった)

記憶力が悪いから成績は最悪、運動も苦手、水泳もマラソンもダメ。

 いつもぼーっとしているかビクビクしているかだった。

 

最初は転校生だって言うことだけでいじめられた。(と思う・・・詳しく覚えてないけど、前の小学校ではみんなと仲良くできていたから)

いじめられ続けるうちにだんだんと「いじめられるのは当たり前」になって、性格も内にこもっていった。

 

男子はとにかく追いかけてくる

足が遅いからすぐ追いつかれる

小学校の頃、好きな人がいたけれどなぜかその人もクラスのいじめられっ子だった。

(今ではどこが良かったのかが分からないけど^^;)

いじめっこはその人をけしかけて私をいじめさせた。

小学生ながら、好きな人に殴る蹴るをされるのはとても辛かったし、もしかしてDV 夫を持つ奥さんってああいう気持ちなのかなって思う。

 

 

小学校6年間で一番辛くて、今でもトラウマになっていることがある。

通称セロテープ事件

私は給食を食べるのも遅くてお昼休みにも食べてたんだけど、その日はなぜかクラスのみんなが声をかけてくれる。

「がんばれよ」となぜか必ず背中をたたいて励ましてくれた。

何か変だな~でもすごくうれしい!と思って頑張って食べたんだけど、あとで背中を触ってみたら「バカ」とか「とろい」とか悪口が書かれたセロテープがたくさん貼ってあった。

 

だから必ず背中をたたいてたんだ、あんなにみんな優しかったのに、ほんとは励ます気なんかなかったんだ・・・

いつもと違う涙が出た

 

だから今でも「人は信じられない、腹では何考えてるの分からないし、優しさは一時的なもの」と思っている節がある。

 

 

図書室のカーテンに包まって隠れてもすぐに見つかって、カーテンにくるまった私を容赦なく蹴ってきて、カーテンの中は暗くてとても怖かった。

帰り道は先生の目が届かなくて危険だから毎日ばあちゃんが途中までお迎えに来てくれた。

 

いじめた男子と親が家に謝りに来たことがあった。

家にいる時だけは明るくのびのびした自分でいられたから、逆に「家が知られているのか!」と危機感を感じた。

「安息の地はない」と肌で感じた。

 

でも学校に行かないという選択肢はなかった。

「学校に行かないという選択肢があること」自体を知らなかったから、ほぼ無遅刻無欠席で学校に行っていた。

 

小学5、6年生の時の先生はすごい先生で、その時だけあまりいじめられなかった。

でも幸せかと言われるとそうでもなくて、内にこもって何かにつけてうじうじして暮らしていた。

 

 

 そんな中でも楽しみはあった。

休日お父さんと博物館に行ったし、アニメも好きだった。

アニメの最終回が見たいからそろばん塾を休みたいと、お母さんに土下座したこともあった。

給食の八宝菜に入ってたウズラの卵とフルーツポンチが楽しみだったし、その頃の友達は今でも仲良くて、今はなかなか会えないけど心の支えになってる。

それとなぜか朗読だけは得意で、教科書に載っていた「ごんぎつね」を朗読したものが上手だからとお昼の放送に流された事があった。

 

引き続き「小さな幸せ探し」もしていたけど、今思うと

「小さな幸せを見つけるのが好き」よりも

「小さな幸せでも探さないと精神的に生きていられなかった」に近かった。

 

今のほうが「生きている実感」はあるし100倍は楽しい!

・・・生きてみるもんだなぁ^^

 

中学校編へ続く・・・