母に教わった「ガマンしない生き方」

 

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私の母は、とても優しい人だった。

10年くらい前、還暦を待たず食道ガンで亡くなっている。

母が何年前に亡くなったかは覚えていない(ADHDの特性で、どんなに大切な人のことでもどんなに大事な用事でもお構いなしに忘れてしまう。 

私の母は福島県会津生まれ。八重の桜の舞台。

会津の女は我慢強くて心が暖かい。

本当にその気質通りの人だった。

 

ずっとフルタイムで働いて3人の子供を育て上げ、時々ママさんバレーをして、破天荒で家を顧みない父に何も言わずに一生を終えた。

 

母はとても優しい人だったけれど何かしら溜め込んで我慢するタイプ。

ニコニコしてあまり怒ってる所は見たことがなかった。

父の母(姑)と一緒に暮らしていたから嫁姑問題もあったみたいだけど、二人が言い合ってる姿は一回も見たことがなかった。

 でも私と二人の時にはグチばかり言っていた母に「何で直接言えないんだろう・・・」って少し違和感があった。

 

そんな母は私の20代の頃、喉によく詰まらせるようになった。

飲み込めない、喉に違和感がある・・・

 

病院に行ったら、食道ガンだった。

 

入院して放射線治療、見るたびに痩せて行った母に、私は冷たい言葉を投げかけて責め立てていた。

何故そうしたのかがわからないけど何か無性に腹が立っていた。

お見舞いに行った後エレベーター前まで見送っていた母は、閉まるまで私を見送っていたけれど、本当に「何か言いたそうな目」をしていた。

とても辛かったんだと思う。

沢山、言いたいことがあったんだと思う。

 

 

母の最期を看取った時、心に母でしか埋められない穴がぽっかり開いてしまった。

それと同時に

 

「・・・こんな生き方したくない」

「こんな風に死にたくない」

 

と思った。

お母さんはずっとずっといろんなことを言いたいのに我慢してたから喉にガンができて死んじゃったんじゃないか。

お父さんにもお姑さんにも、他の人にも言いたいこと言えずにストレス溜めこんで自分が我慢すればいいって。

 

その結果が「言いたいことを喉に詰まらせて死んだんじゃないか」って。

実の母をこんな風に思うなんて薄情かもしれないけど、ある意味「反面教師」だと思ってる

 

だから私は

 

 

「言いたいこと、ストレスを溜めない」

「自分として生きる」

「やりたいことはやってから死ぬ」

 

 

そう決めた。

 

 

お母さんは幸せだったのかなぁ・・・

私はあまりそうは思えないけど、せめて「草葉の陰」は居心地がいいといいなぁ。

 

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中学生は「なぜなぜ?どうして?」の自称魔法使い

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・・・今日は中学時代の話

小学校でいじめられたウンヌン書きましたが、はい、中学校でもいじめられましたよ(苦笑)

だってもぅ性格自体がネガティブで自意識過剰な「いじめられっ子」なもんで^^;



中学校の私はやっぱり内向きで、勉強はできないし劣等感のカタマリ。
でも友達が欲しくて入学式後の自己紹介で「友達募集中です!」と言ってクラスを大笑いさせたけど、やっぱ3年間いじめられた^^;


その頃のいじめはあんまり覚えていない。
記憶の底にあるのかもしれないけど、教室より合唱部の部室の方が居心地がよくて「部活に行くために学校に来てた」といっても過言じゃなかった。
中学校3年間はずっと合唱部に入っていて、それが一番の青春の思い出。


それと3年間、ずっと応援委員だったこと。
誰かを応援したり大声を出したり可愛いユニフォームでポンポン持って踊ったり・・・今思うと、私の好きな要素がたくさん入っていたなぁ。
中学3年生の時は副チアリーダーもやってたし^^



その頃ハマってたのが「アニメと同人」
友達に誘われてコミケに行ってそこから沼に沈むように様にずぶずぶとオタクの世界へ(爆)



そしてご多分にもれず中二病発症!
そしてコジラらせ中^^;

今でも
邪気眼が」とか
「封印されし●●が疼く」とか
「私は選ばれし民」だとか
「前世でも魔法使いだったし」って

いつも言ってるし。
四半世紀こじらせてるから一生治んないかもなぁ~(笑)


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・・・ま、それはそうと、今思うとADHDの特性だったのかなと思うことがある。
学校の先生に「先生はなんで制服を着てないんですか?」と聞いた事があって「生徒じゃないから」と変な顔で言われたことがあった。
本気で分からなかったから聞いただけなんだけど、変なこと聞いたかな~とその時は思った。



小さい頃から「何で?どうして?」って聞くことが多かった私。

「何で信号の止まれは赤なのか」
「なぜ今怒られているのか」

分からないことだらけだった。

人や物事の「意図」が読み取れなくて、人がなぜその行動しているのか、気持ちや状況が理解できなかった。

だから結果的に頼んだ人の思いと違うことをしてしまい、ミスをしたり、人間関係が崩れてしまう。
そういうことはとても多くあった。


とりあえずあまり記憶には残ってないけど、多分波乱万丈だった中学校時代。


針路は、父に「これからは手に職をつけた人が強い」と言われて、高校卒業と同時に調理師免許が取れる高校に進学。


・・・言わずもがなそこでもいじめられてた。
通算12年くらいいじめられてたかな。
その話はまた今度。

今日はこの辺で・・・^^

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お金は「ただの引換券」 腑に落ちてラクになった話

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今日は「お金」の話

私は「お金があれば幸せ」「お金が欲しい!」とずっと思ってきた。

⚫ お金があればアレもできる、ココに行ける、何でもできる。

⚫ お金が無い自分はダメだ。お金がない事はわびしい、悲しい。

⚫ お金がないから何もできない。

でもこの頃、お金と向き合って「自分がお金に対してどんな風に思ってるか」をじっくり考えてみた。 それで気づいたことがある。

それは「お金はただの引換券」だってこと。

昨日21時頃にスーパーで半額のお弁当を買って帰るとき、ふと「今、お金とお弁当を物々交換したよね」って思った。

そっか!今わたし「お金」と「お弁当」を「交換」したんだ。

お金は「引換券」だったんだ。

お金は「何でも交換券」だったんだ・・・と思った。

・・・はるかずっと前、木の実や魚を採っていた時はシンプルに物々交換でもよかった。 でも今の世界は複雑。価値観は一人一人違うから、みんなが分かるような「物々交換の基準」が必要になった。

それが「お金」なんじゃないかな。

そりゃあたくさんあれば便利。生活に必要。選択肢が広がるし楽しい。

けどお金は「ただの引換券」だって考えが腑に落ちたら、お金は特別なものじゃなくなったし、お金に囚われた心がほぐれて、心がラクになった。

引換券をゲットするだけじゃ何も起こらなくて、 要はその引換券で「何をするか」

その引き換えた何かで「自分がどんな感情、気持ちを感じたいか」

・・・私はその「なんでも引換券」で「自分が心地いいこと、楽しいこと、気持ちいいこと」と交換して生きて行こう、そう思った。

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夢かなう貯金箱~1カ月後の自分へ~

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今回から↑の「囲み枠」が登場!! これ、萌えコン同期の「くどぴー」に教えてもらった方法。

私は特に「説明書き」「トリセツ」があった方がいい人間なので, 読んでくださる方へこれは大事だと思ったの^^

良かったら読んでみて^^↓↓

ameblo.jpameblo.jp

さてさて、先日、新しい貯金箱を買いました♪

その名も「夢叶う貯金箱」

以前からお世話になっているアクセサリー作家のエンジェル貴子さんがブログで紹介していて、この頃「完全に自分のためだけのお金」って貯めてなかったなーと思ってやってみることに^^

エンジェル貴子さんのブログ↓↓ ameblo.jp

方法は

① 貯金箱を買う(缶切りでしか開けられないやつ)

② お財布がイタまない程度の金額を毎日少しずつ入れる

・・・とりあえずこんな感じのセリアで買ってきた!

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万が一?の為にお札も入るものにして、付箋を貼って準備完了!

7月5日 まず5円玉2つ、チャリンチャリン♪

7月6日 11円、チャリ~ン!

お財布がアイタタにならない位だからちょっとづつだけど、1ヶ月でいくら貯められるかな?

貯金箱を降って少しずつ音が変わるのが楽しい♪

この頃「108円以下で楽しむ方法リスト」を作ったから、それを片っ端からやってもいいし、大好きな漫画喫茶に行ってもいい!

幽遊白書の買ってない巻を買うのもいいな^^

何にしても、何かしらの「小さな夢を叶えよう」と思っています(^-^)

夢と妄想がふくらむ貯金箱、1ヶ月後の楽しみができました!

またご報告しま~す^^

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気をつけること多すぎるよーーーーー!!太極拳、ベソかいちゃうけど大好き;u;

 

毎週水曜日は太極拳の日

楽しいから往復1時間の自転車も苦じゃないの。

 

でも今日はいつもより左側が硬くて動かない。

肩バリバリだし足も上げてもすぐストーンって下がっちゃう。

 

 

稽古の後半に「部分稽古」っていう太極拳の24式を1式ずつ集中して稽古をするものがあるの。

その中の、右手を振り下ろす仕草があって、どーーーうしてもそれだけ上手くできない><

 

~以下師範のお言葉~

 

もっとゆっくり

手首をひねって

足も忘れずに

手のひらと手のひらを合わせる様に

腰をひねりながら

指を少し上げて

力こぶを前に

ここは流派によって違うんだけど

 

などなど・・・・

 

・・・気を付けること多すぎるよ!!!

 

できなくて悔しくて、泣きそうになるところをグッとこらえる。

師範は、優しく時に厳しく私ができなくても根気強く教えてくださる超素晴らしい人!

 

・・・でも気をつけること多すぎるよ・・・(泣)

 

大混乱&頭フリーズでしだいにボーッとしてくる。

 

 

私はADHDの特性で

 

○一回で複数のことに気を配れない

○記憶力が低い

○気が散りやすい

 

があるから、今回みたいなのが一番苦手な状況。

 

あと「具体的な基準がないとピンとこない」から「手はこう、角度はこう」と言われたとき分からなくて「手は目の高さですか?角度は小指が見えるくらいですか?」と具体的に聞いてしまう。

そうすると時々「そこまでハッキリとは決まってないよ」と言われたりするから、少し困っちゃう。

 

 「生きてくだけでも気をつけなきゃならないことだらけなのに~~;;」って日ごろの大変さを思い出してウルッときたところで稽古終了。

 

・・・いつも稽古は楽しいけど今日はつらかったな。

落ち込んだから、近くのワンコインランチで大好きなカニ玉定食を食べてきちゃった^^

 

「安息の地はない!」危機感を感じた小学校時代

 

・・・今回は、小学校時代の話

(以下、いじめ体験の話があります。迷った方は読まない方が良いかと思います)

 

 

小学生時代の私は、ぼーっとしてとにかく物覚えが悪かった。

(今思うとそれはADHDの特性だった)

記憶力が悪いから成績は最悪、運動も苦手、水泳もマラソンもダメ。

 いつもぼーっとしているかビクビクしているかだった。

 

最初は転校生だって言うことだけでいじめられた。(と思う・・・詳しく覚えてないけど、前の小学校ではみんなと仲良くできていたから)

いじめられ続けるうちにだんだんと「いじめられるのは当たり前」になって、性格も内にこもっていった。

 

男子はとにかく追いかけてくる

足が遅いからすぐ追いつかれる

小学校の頃、好きな人がいたけれどなぜかその人もクラスのいじめられっ子だった。

(今ではどこが良かったのかが分からないけど^^;)

いじめっこはその人をけしかけて私をいじめさせた。

小学生ながら、好きな人に殴る蹴るをされるのはとても辛かったし、もしかしてDV 夫を持つ奥さんってああいう気持ちなのかなって思う。

 

 

小学校6年間で一番辛くて、今でもトラウマになっていることがある。

通称セロテープ事件

私は給食を食べるのも遅くてお昼休みにも食べてたんだけど、その日はなぜかクラスのみんなが声をかけてくれる。

「がんばれよ」となぜか必ず背中をたたいて励ましてくれた。

何か変だな~でもすごくうれしい!と思って頑張って食べたんだけど、あとで背中を触ってみたら「バカ」とか「とろい」とか悪口が書かれたセロテープがたくさん貼ってあった。

 

だから必ず背中をたたいてたんだ、あんなにみんな優しかったのに、ほんとは励ます気なんかなかったんだ・・・

いつもと違う涙が出た

 

だから今でも「人は信じられない、腹では何考えてるの分からないし、優しさは一時的なもの」と思っている節がある。

 

 

図書室のカーテンに包まって隠れてもすぐに見つかって、カーテンにくるまった私を容赦なく蹴ってきて、カーテンの中は暗くてとても怖かった。

帰り道は先生の目が届かなくて危険だから毎日ばあちゃんが途中までお迎えに来てくれた。

 

いじめた男子と親が家に謝りに来たことがあった。

家にいる時だけは明るくのびのびした自分でいられたから、逆に「家が知られているのか!」と危機感を感じた。

「安息の地はない」と肌で感じた。

 

でも学校に行かないという選択肢はなかった。

「学校に行かないという選択肢があること」自体を知らなかったから、ほぼ無遅刻無欠席で学校に行っていた。

 

小学5、6年生の時の先生はすごい先生で、その時だけあまりいじめられなかった。

でも幸せかと言われるとそうでもなくて、内にこもって何かにつけてうじうじして暮らしていた。

 

 

 そんな中でも楽しみはあった。

休日お父さんと博物館に行ったし、アニメも好きだった。

アニメの最終回が見たいからそろばん塾を休みたいと、お母さんに土下座したこともあった。

給食の八宝菜に入ってたウズラの卵とフルーツポンチが楽しみだったし、その頃の友達は今でも仲良くて、今はなかなか会えないけど心の支えになってる。

それとなぜか朗読だけは得意で、教科書に載っていた「ごんぎつね」を朗読したものが上手だからとお昼の放送に流された事があった。

 

引き続き「小さな幸せ探し」もしていたけど、今思うと

「小さな幸せを見つけるのが好き」よりも

「小さな幸せでも探さないと精神的に生きていられなかった」に近かった。

 

今のほうが「生きている実感」はあるし100倍は楽しい!

・・・生きてみるもんだなぁ^^

 

中学校編へ続く・・・

おませでお遊戯大好きな園児の、葛藤するココロ

今日は、産まれてから小学校までの話

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私は1980年正月、福島県会津若松市に産まれた。

竹の子族が流行って、ポール・マッカートニー大麻所持で逮捕されたのはその2週間後のこと。

里帰り出産じゃなくてお正月だから実家に来てて予定日じゃなかったけど、三人目だから余裕だったそうな^^;

両親に父方の祖母、お兄ちゃんにお姉ちゃん、それと私。
ここが世界の中心だった。

小さい頃の私は「世界の全てを知っている。大人が秘密にしてることもちゃんと知ってるんだから!」と思ってたオマセな子。
「ザ・井の中の蛙少女(笑)」


それどなぜだか分からないけど「天には神様がいて見守っている」と誰にも教わっていないのに漠然と思っていた。


幼稚園では「おゆうぎ」がとにかく大好きで、おゆうぎ会の写真を見ると「明らかに他の園児と違う大胆なダンス」キュウレンジャー狂気のナーガダンスをかましてて、今思うと自分で苦笑い^^;

それもそのはず、アニメのオープニングとエンディングに合わせて毎日歌って踊ってた♪
その頃はまだ「エンディングでキャラクターがダンスする」なんて演出なかったから、アドリブダンスで歌ってて、見てるほうは微笑ましかったかも^^

よく見てたのは、メイプルタウン物語と、世界名作劇場
ポリアンナ物語で「ちいさな幸せさがし」を覚えて、私は今でも「ちいさな幸せ」を見つけながら暮らしてる。


性格はのびのびしてて、初恋の「はるひこ君」を追いかけまくってよく泣かせてたなぁ。
今思うと、明るくて天真爛漫な少女だったと思う。

ひな祭りで園児でお雛様とか五人囃子の衣装を着て「人間ひな壇」をするんだけど、じゃんけんで勝って「三人官女の真ん中役」をしたのが今でも自慢なの^^


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・・・反面、ちょっとストレス溜まってたみたい。

両親が共働きで、ばあちゃんがとてもかわいがっていつも一緒にいれていてくれた。中学ぐらいまで一緒に入れてたしね。

だから「ばあちゃんが駄目って言ったら駄目」だった。

お母さんの実家に行くことも、サーカスで「ちびっ子前においで~♪」って言われたときもすごく行きたかったのに、ばあちゃんがダメだって言ったから行けなかった。


ばぁちゃんの事は大好きだったけど、私がやりたいって言ったことも駄目ってよく言われてたし、子供ながらに「ばあちゃんがいるから好きなことができない」と思ってた。
ちょっと嫌いだったのかもしれないよね。

スケッチブックに「ばあちゃん、さようなら」って、覚えたてのひらがなで書いてたし。(この話はまた今度)


・・・ともあれ、のびのびしながら幼稚園にが終わりそのまま小学校へ。
小学1年の冬に、宮城県仙台市に引っ越し。

そこから、なぜか人生の歯車がくるってきた・・・

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小学校編、次号へ続く~~